
カヌー大破、 パドラーは無事
1997年5月24日 大井川上流部 静岡県本川根町千頭 川根大橋の橋脚
天候:雨 水量:少ない(7〜8トン/秒程度)
川の難易度 : 岩と急カーブが多いがこの水量なら2級程度
レポート : 佐々木勝
| このレポートの記載に事実誤認がある、とのご指摘をいただきました。 電話のやり取りだけで書いて、また間違いがあるといけないのでFAX送ってください、とお願いしたのですが、2週間たってもとどかないので、電話の内容を基に書きます。(連絡先を聞いてないのでこちらから連絡できません) 本文は当日私が認識していた事としてあえて訂正せず、その後ろにこの文と同じように囲みの白文字で注釈を付けました。 |
これは、オープンデッキカヌーでの川下を含むアウトドアイベント中の事故である。
幸いパドラーは無傷だったが、初心者の事故の典型的なケースであり、一歩間違えば惨事になりかねないため紹介する。 また、張付いたカヌーを自力で撤去できない場合、消防等の地元の方々に多大な迷惑を掛けることにもなる。
「初級編」に分類したのは事故の程度が軽いということではなく、パドラー及び主催者が川の安全に関する「初歩的な知識」を持ち合わせていれば防げたはずの事故、という意味であり、事故の危険度は中上級編となんら変わりはない。
スタート時のブリーフィングで口頭による漕ぎ方の説明とデモンストレーションがあったが、瀬の中で役に立つ情報はほとんどなかった。 他に手信号(右、左に寄れ、待て等)の説明とライニングダウン(難所をエスケープするときに、カヌーを先に流して自分はカヌーにつないだロープを持って歩いて行くこと)の説明があった。
ヘルメット着用の指示はなかった。
私はテレビ取材チームの助っ人として、同様のレンタルカヌーでバウに美人アナウンサー(カヌー未経験)と小型CCDカメラを乗せ、一般の参加者と同様に競技に参加していた。
但し、ヘルメット無しで川に出る、という自殺行為はごめんなので2名とも持参のヘルメットを着用し、カヌーには持参した川用装備を装着した。
私の後ろからは、いつもの漕ぎ仲間の高村君がカヌー(一人乗りの川用オープンデッキカヌーで、急流用の完全な儀装を施してある)にカメラマンを同乗させて追いかけて来る。
午前のセクションが終了し、午後はいよいよタイムトライアル(川下り競争)となり、ゼッケン順に80艇がスタートした。 水量は少なく、支流の寸又川の合流で若干増えたが7〜8トン程度だろう。 要所にオフィシャル(レスキュー要員)が立っているが、ほとんど機能していない。 (理由は後述)
私がA地点に差し掛かった時、左岸のオフィシャルの声が微かに聞こえた。
「ラ・・・して!」 ん? ランニング??よく聞き取れない。
右岸B地点に上陸しているカヌーが数艇見えた。 ワンテンポ遅れて、「そうか、ライニングダウンか」と気付き、私もB地点に上陸した。
私は、当日の朝この橋脚の周囲の流れを確認しておいたので、左岸側の本流に乗っていけば安全に通過できることを確信していたが、後続の初心者が真似して万一事故が発生したら大変なので、素直に指示に従った。
しかし、バウのロープ1本では*印のルートをライニングダウンするのは困難であり、皆は河原をポーテージしてC地点から再スタートしていた。 私の艇はスターン(船尾)にもロープを装備していたので2本のコントロールでライニングダウン可能だったが、バウに装着したCCDカメラを壊すと困るので河原を運んだ。
C地点で乗艇しようとした時、左岸に沈脱した二人の女性が立っているのに気付いた。 振り返って橋脚を見ると、デッキ側(上)を上流に向けて歩道の橋脚に巻き付くように張付いている赤いカヌーが見えた。 浮力体を装備していないので9割方水没し、水圧をまともに受けて原形を留めないほど変形して円筒状の橋脚に巻き付いていた。
状況把握すべく周りを見渡した。 他に沈した艇はないようだ。 パドラーは2名とも無事。 派手な仮装をしていたので、乗っていたのは2名だけだったことははっきりと覚えている。 オフィシャルからは何の指示もない。 競技は続行している。 私は人命に危険はないと判断し、ここはオフィシャルのお手並み拝見、と先へ進んだ。
(この艇は後日主催者によって回収された)
万一人命が危険な状態だったならば、例えばカヌーと橋脚の間に挟まれたとか、流されたパドラーが怪我をしたとかならば、私は相棒の高村と共に迅速にレスキュー活動に取り掛かったと断言できる。 なぜなら事故当時の水量は少なく、自分のスキルレベルと天秤にかけると、こちらの身の危険はさほど感じない状況だった。
(但し、そのことと実際に迅速に救出できるかとは別問題だ。 一般にこの種の張付き事故の救出は困難な場合が多い)
この時、後ろから来る高村と話はしなかったが、彼も同様の判断だった。
翌日当事者に聞いた状況はこうだ。
@地点で、ライニングせよ、との指示が聞こえた。
A 右岸に向かうべく漕ぐが、なかなか方向が変わらないまま本流を流されて行く。
B やっと方向が変わり始めた頃には、すでに右岸には到達不能な地点まで流されていた。
C それまで右岸向きに漕いでいたためカヌーは本流を外れ、2本の橋脚の間を抜ける流れに引っ張られる。
D そのまま横向きに橋脚に押し付けられて沈。漂流するが、すぐ左岸に自力で上陸。無傷。
二人は初心者(初めてか?)で、仮装をし、ライフジャケットは着用していたが、ヘルメットは被っていなかった。(レンタルで支給されなかった)
1.直接の事故原因
*パドラーのスキル不足
*ヘルメットについて
・瀬に突入するときは両膝を着いた姿勢で漕ぐ。(ニーリングポジション)
通常は椅子に腰掛ける姿勢で漕ぐ人が多いが、艇の左右の傾き(グラグラ)を押さえるのが困難で沈しやすい。 私はオープンデッキカヌーでの川下りはへたくそなので、この姿勢では怖くて漕げない。 足をシートの下に入れ、両膝をなるべく開いて船底に着け、尻はシートの手前の角に乗せる感じで座ると、うそのようにグラグラが治まる。 初心者の場合、両膝7、尻が3くらいの感覚で体重を掛けるとよい。 湖で強風に煽られグラグラして怖い、という場合も非常に有効なので試してほしい。 膝小僧が擦れるので、ショートパンツのときは膝当てが欲しい。(カヌー用のネオプレン生地のものが市販されている) 自分の艇ならば膝の位置がずれないようにパッド(膝受け)を艇に付けておくと良い。 私はレンタル艇に細長く巻いた防水バッグをガムテープで固定し、応急の膝受けとした。 ちなみに、尻を底に着けて座ると重心が下がって良さそうだが、実際はあまり有効ではなく、腕の位置が下がって漕ぎにくくなるデメリットのほうが大きい。
・横向きに岩壁に押し付けられるとき、体が逃げないこと。
カーブでは流れが外側に集中するので、外側の岩やコンクリート護岸に押し付けられて沈するケースが多い。 それで、「カーブは内側を通れ」となるわけであるが、それができなかった場合の対処方法を教えてあげなければいけない。
流れが壁にぶつかっている部分では水面が盛り上がっているので、そこへ横向きに押し付けられるとカヌーは壁と反対側に傾く。 これに、恐怖から体が壁と反対側に逃げることによる体重移動が加わって傾きが一層大きくなり、沈してしまう。 これを避けるには、まず先のニーリングポジションから完全に尻を上げて膝で立つ。
当たる瞬間に壁に寄りかかるような気持ちで体を積極的に壁の方に持っていくと、意識しなくても壁側の膝が艇の傾きを押え込み、沈を免れる。
| レスキュー担当者からの指摘次項: レスキューは2名一組で、1名はロープ(水に浮くもの)を所持しライジャケは無し、ヘルメット無し、もう1名はライジャケを着用した上に白のウィンドブレーカーを着て飛び込める体勢でいた。ただしロープなし、ヘルメット無し |
レスキュー中に急流に落ちる危険があるので、2重遭難を避けるためにライフジャケットとヘルメットは必須である。 泳がざるを得ない場合を想定すれば、ジーンズや重い靴が良くないのは理解してもらえると思う。 レスキュアーがカヌー乗りならば、カヌーウエアフル装備が常識だ。
普通のロープは役に立たないばかりか、場合によっては事態を悪化させることも有り得る。 投げたロープがほんの少し目標を外れれば(たいていはそうなる)、ロープはすぐに沈んで漂流者には届かない。 小さな木切れくらいでは流れの中では浮かないし、仮に大きなブイ等を付けて漂流者に届いたとしても、水没した中間部が想像以上の力で水に引っ張られる。 沈んだロープは岩に引っかかり、使用不能となる。
川でのレスキューには水に浮くロープ(ポリプロピレン系のロープ)が必須だ。 これを投げ易いように袋に入れたスローロープ(スローバッグ)と言う専用の物が市販されているのでこれを使う。 スローロープはオフィシャルだけでなく、本来カヌー乗り全員が持つべき物である。 すべての用具は事前に使用方法を習得しておかなければ現場で役に立たないのは当然である。 他にも用意すべき用具は多々あるが、素人が持って役に立ちそうなものはスローロープの他にはカラビナとリバーナイフ(ロープを切る波歯の付いたもの)ホイッスルくらいだろうか。
| レスキュー担当者からの指摘次項: レスキューは2名一組だった。 |
この図は今回のレスキュー配置の典型例である。 車で来たオフィシャルは1の位置で瀬に進入するカヌーに指示を出している。 手にロープを持っているから、沈した場合に投げて引き上げるつもりだと思うが、1又は2の位置からロープを投げても成功の確率は非常に低い。 レスキュアーが待機すべきポイントは3で、ここからなら確実にレスキューできる。 次善は4だが、1からは3へも4へも行くことはできない。 カヌーに乗れないと、レスキューポイントへ行くことさえままならないのである。
今回のようなイベントでのレスキューを考えるとき、一人の怪我人も出さない完璧な布陣が組めるのが理想であるのはもちろんだが、限られたスタッフでやらざるを得ない場合もあるだろう。 その場合、限られたスタッフを均等に割り振るのではなく、重大事故を起こさないための重点思考が大切だ。 例えば同じ沈でも、ここは沈の確率は高いが下の瀞場で自力回収が可能、こちらは確率は高くないが万一事故になれば致命傷の可能性が高いところ、といった場合、前者は敢えて無視して後者に(実力のある)スタッフを集中させる、等が考えられる。 そのためにも、その判断ができるだけの技量と経験を持ったリーダーが必要であり、川の状況にもよるが少なくとも数艇のチェイスボート(カヌーに乗ってレスキューする、それなりのスキルを持った人)は必要である。
今回のコースは漕げる人にとっては簡単なコースなので、「ヘルメットなんていらないよ」と言う人もいるかもしれない。 それが個人ならばそれもいいかもしれないが (はずせと言われても私はかぶるが)、ツアーやイベント運営の立場となれば、全員着用でなければ恐くてやってられないと思うのだが。(少なくとも川を知っている人なら)
カヌーの安全知識は、強制的な規則ではない。 身を守り、楽しく遊ぶための知恵なのだ。 なぜそうするといいのか、わかり易く説明すれば必ず理解してもらえるはずだ。
レポーター(佐々木)の追加コメント 実際に河原でレスキューを担当した方々は、カヌーの専門家ではないにもかかわらず、1ヶ月以上前から準備し、相当なご苦労をなさったようだ。 残念なのは、川の専門家の適切な指導が無かったためにその苦労が実を結ばなかった事です。 あまり揚げ足を取るような事は言いたくはないのですが、水量のごく少ない場合を除いて、救助者が自分の体を確保(ロープなどで支える事)しないで飛び込めば、遭難者を一人増やす事になります。 ロープで確保するにしても、川の場合は山や一般のレスキューとは大きく異なります。 一番単純な1本のロープを体に結び付ける場合も、山や消防のレスキューがやるようなボウライン(もやい結び)で縛る方法は危険です。(ボウラインを使う事は変わり無いのだけれど、独特のコツがあるのです) |